【感想/死生観】『人は死ぬとき何を思うのか』は、自分の死だけでなく、誰かの死についても考えさせてくれた。

「人は死ぬとき何を思うのか」という本を読みました。

これまでも死については考えてきたつもりだったんですが、改めて他の人の死に対する考えを見ると、自分の考えがいいものなのかどうかを推し量れた気がしますね。

本の内容をざっくり振り返る

著書には、5人の方の「死」に対する考え方が書かれています。

渡辺和子「死を超えて信仰とともに生きるには?」

この渡辺和子さんは、「置かれた場所で咲きなさい」と言う本でも有名な方です。

渡辺さんは、「大きな死=本当の死」を乗り越えるためには、小さな死を日々の生活の中で繰り返していくことが大切だと説いています。

小さな死とは、妬みや嫉み、他人を責めたくなる気持ち、イラッとした気持ちなど、誰かに対する負の感情、マイナスの感情を押さえ込むことだとしています。そういった小さな死を日々繰り返し、経験することで、いつかくる大きな死を受け入れる心の準備をするんだと。

大津秀一「死ぬとき人は何を思うのか?」

ホスピス医である大津さんは、死と向き合う人たちと向き合ってきました。その大津さんは、死を受け入れるまでの心の動きを以下のようだとしました。

否認→怒り→取引→抑うつ→受容

自分が死ぬなんて受け入れられないという「否認」、死への不安や恐怖に対する「怒り」、様々な解決策を探し出そうとするのが「取引」、そして絶望を感じるのが「抑うつ」、最後が死を受け入れる「受容」となっている。

そして、受容をするとき、「消極的受容」と「積極的受容」にわかれるとしています。前者は、諦め、悲しみの中仕方なく「死」を受け入れる。後者は、これまでの人生に感謝して、改めて自分の「死」を受け入れるそうです。

大津さん曰く、後者の「積極的受容」の方のが、いざ死ぬときには後悔が少ないそうです。人は完全な生き物ではないため、何かしらやり残したことはあるし、後悔はあるけど、それでも後悔を少なくて死ぬことができるのは、死を積極的に受け入れた人だと。

石飛幸三「心安らかな「平穏死」を迎えるために」

石飛さんは、血管外科医を経て、特別養護老人ホームの常勤医をなさっている方です。そこでみた死を間近にした方々の姿から考えたことを書かれています。

日本では医療技術が発展するとともに、延命治療を受ける方も増えてきています。一見、「長く生きている=良い事」のように感じますが、実際に間近でそれをみて、そうだとは思えなくなったそうです。

一方で、延命治療ではなくて、最期の時を家族と一緒に過ごしたり、自分のしたいことをしている人は、安らかに、眠るように旅立つのだそうです。

死は誰にでも訪れる。だからこそ、どうやって最期を迎えたいのか?どのように見送られたいのか?ということを考える必要があるとしています。

青木新門「「五感」で死を受け止めると見えるもの」

青木さんは、冠婚葬祭関係の仕事をしている方です。

これまでの人とは違い、「死に行く人が何を思うのか?」ではなく、死んでいく人をみて、生きている人は何を感じ、そこから何を学ぶべきなのか?という話をされています。

死を見ない、受け入れない、認めないという生き方もできる。だけど、それは命、つまり生きているということを見えなくする生き方でもあると。そして、死を見るからこそ、人は生も見ることができるのではないかと。

山折哲雄「“死に支度に向き合う”作法とは?」

山折さんは、京都造形芸術大学大学院長や国際文化研究センター所長など歴任された方です。

山折さんも、青木さんとどうように死に行く人と、生きていく人との関係について書かれています。特に、生者と死者とのきずなについて。

東日本大震災のあと、「絆(きずな)」という言葉を多く見聞きました。ですが、この絆は、あくまで生きている人の間での絆です。生者と死者のきずなを考えるとは、つまり死について考えること。それは生を充実させるためには必要不可欠なことであるとしています。

そして、死を前にして、人はどうあるべきなのか?ということについても触れています。死に支度とは、つまり究極の断捨離であると。また、「共死」と言う考え方についても触れています。それについては著書を読んでみてください。

感想

死との向き合い方については、人それぞれだというのが第一印象でした。

そして、どの向き合い方も、決して正解でもなく、不正解でもなく、また的外れでもなく、的を得ているわけでもないと感じました。

それは生きてきた時代、環境、立場が違うからこそだと思います。誰かの死、自分の死をどう受け入れるかは、人それぞれですし、いくら今「死とはこういうものだから、こう受け入れるべきだ!」なんて考えていても、いざ死を目の前にして同じように思えるかはわかりません。

それはここに書かれている方全員がそうですし、僕も同じです。

僕は「死とは、運命を全うした証、役割を終えた証」くらいにしか思っていません。ですが、いざ死を前にして、同じようにも思えないでしょう。死ぬとわかっても、「まだやれることはあるはずだ!」「もっとこんなことがしたい!」と思うと思います。

でも、だからこそ、今生きているときに死について考えておく、死と向き合っておくことは必要なんだろうとも思いました。

死を目の前にして、死についてなんて考えられません。「いつ死ぬのかな?」「何かやり残していないかな」などいろいろ考えてしまうと思います。だから、今考えるべきなんだろうと。

そういう意味では、こうやって5人の方の死についての考えを読めたのは良かったですね。

こんな人に読んで欲しい

誰かの死を乗り越えられない人
誰かの死を間近にしている人
延命治療した方がいいの?って考えている人
よく生きるとは?とか考えている人
死について考えたこともない人

という感じです。

誰かが死ぬ、自分が死ぬということを考える機会はそれほど多くありません。そして、それは非常に辛いことですし、何もせずに終ると後悔すると思います。

だからこそ、まず誰かの死、自分の死に向き合って、しっかりと考える、そして行動することが大切なんじゃないかって思いますね。

あとがき

「人は死ぬとき何を思うのか」そして、人は誰かが死ぬときに何を思うのか?ということを改めて考えさせられました。

僕は誰かの死を体験したことがありません。だからなのか、誰かの死についての考えがありません。そういう意味では、誰かの死について考えられるいいきっかけになりました。

ぜひ、この本を機会に死について考えてみてはいかがでしょうか?

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