【感想/哲学】『暮らしの哲学』日常のちょっとしたことに哲学的に切り込みを入れる一冊

哲学と聞くと、アリストテレスやプラトン、ソクラテス、ヘーゲル、ニーチェなどのような少々難しそうな顔を思い浮かべます。まぁ「哲学=哲学者」という考え方が、根底にあるのでそれは仕方がありません。

ですが、哲学というのは一種の人生観でもあります。つまり、ある人のこれまでの経験や知識を元にした考え方のようなもの。そのため、日常的なことだったり、仕事について、勉強についてなど、様々なことについて考えることは、ある意味では哲学だと言えます。

今回読んだ『暮らしの哲学』は、まさにそんな日常的なことに対する著者の哲学的思考を綴った本です。一つ一つの題名に対して、著者の考えを読むだけではなく、自分なりに考えながら読むと一層楽しく読めると思います。

『暮らしの哲学』の内容について

急逝した著者の“最後の一年間”が綴られた、珠玉の哲学エッセイ44編。
めぐる季節の中で、暮らしの中で問い続けた「私」という存在の謎。
人生という不可解な旅を生きるすべての人へ――
「精神の歳時記」ともいえる文芸の新境地が展開される、池田晶子・思索の集大成。

(引用 Amazon『暮らしの哲学』)

春、夏、秋、冬、そして春という、移りゆく季節の中で、著者・池田晶子が感じたこと、考えたことを綴っています。ただ、季節性のあるネタだけに限らず、世の中に対して思っていることや、自分の人生観など、幅広く暮らしの中で感じる疑問や不思議に対して、深く綴られています。

感想

難しくもあり、面白くもありという作品でした。

難しいというのは、何か前提となる知識なしに、著者が考えたことがそのままに綴ってあるので、理解するのが難しかったという感じです。

他の哲学関係の本の場合、歴史的な背景やその人物の生い立ちなんかを知っていると意外と読みやすいですが、この『暮らしの哲学』に関しては、そういった前提知識がないので、読みやすいと感じる半面で、理解ができないこともしばしばありました。

「あ、この池田って人は、ちょっと変な人だな(笑)」と思って読むと、まぁ理解はできなくても、一つの考え方として受け入れることは容易になりますし、楽しくもあります。

また、面白く感じた点としては、明らかにいわゆる”普通”と呼ばれる人とは、考え方が違う点です。もちろん、似通った点もあります。ただ、大きく池田晶子を捉えてみると、明らかに普通の人とは装いが違うように感じます。

それば、生きる意味や死に対する考え方もそうであれば、アンチエイジングなどのような流行の考え方、動物を飼うことに対する価値観など、様々な点で他の人のそれとはやや異なっています。

でも、そこに反論する余地があまりなく、意外とすんなりと飲み込めてしまうにも感じました。

それはなんでなんだろう?と考えながら読んでいたんですが、理由としては、僕たちが根源的に認めている部分を的確に思考として、文字として指摘しているからなんですよね。

たとえば、僕たちはやみくもに死を恐れていたり、女性であればアンチエイジングなど若返りなどに取り組んでいますよね。でも、それって実は意味のない行為で、人生を楽しめていない証拠なんですよね。

死は恐れても、恐れなくてもいつか訪れる。そして、若さだけを求めても、年は取るから、幸せでないように感じてしまう。であれば、死を当然のように迎えることが大切だし、年を取ることを楽しんだ方がいいと。池田氏はいうんですよね。まぁ当然と言えば当然かもしれません。

人生(運命と言うのかもしれませんが)に歯向かうことは、あまり意味がない。それよりも、年を重ねることなどすべてのことをありのままに受け入れると、意外と幸せなんじゃないかと思わされる内容でした。

当たり前のことに疑問を持ち、考える大切さについて

この『暮らしの哲学』がそうであるように、僕たちはもっと日常に対して、当たり前のことに対して、疑問を持つことが大切なんじゃないかと思います。

今、日常にあるモノの多くは至極当然のように受け入れられています。ただ、それって本当に必要だろうか?と考えてみると、意外と必要なかったりするものって結構あります。

たとえば、年賀状なんかがその類いです。あれって惰性だと思っていて、あってもなくてもいいものの象徴だと思うんですよ。ゆうちょからするとあれがないとやっていけないのかもしれませんが、あんなの僕にとっては必要なくて、送る意味もなければ、送られるいわれもない。そこにかかるコストを考えると、そろそろ廃止してもいいんじゃないかと。

当たり前になっていることが、自分にとって、社会にとって本当に必要かどうかを考えることって、生きていく上で必要だと思うんですよね。ただただ惰性で繰り返すようなことをするだけが、人生でもいいでしょうけど、それだけだとやっぱり面白みがありません。

であれば、当然のようになっていることにメスをいれてみる、やめてみると意外と人生って充実したりします。「あ、なくてもよかったんだ!!!」と。

そうやって自分にとって必要のない物を削ぎ落としていくと、意外と世の中のモノやサービスっていらないよねって気づきますし、生きていく上で迷いもなくなって、生きていることが楽しくなるんじゃないかと思います。

あとがき

哲学って意外と面白い。と言う風に改めて感じました。

哲学に触れてからなのか、それ以前なのかはわかりませんが、世の中のモノやサービスの必要性に対していろいろ考えてみると、購買欲はどんどんなくなります。正直、必要なものはあんまりないと。「あればいいよね!」はたくさんあるけど、「必要不可欠!」というのは、あんまりないということです。

「あればいいよね!」というのは、意外とすぐに飽きられますが、どんどん出てくるのが現状。それに対して、毎回毎回振り回される人間というのは、少々疲れます。であれば、「あればいいよね!」には対応しないのが一番なんだろうと思っています。

「あればいいよね!」なんて、「なくてもいいよね!」なんですよね。そう思えてから、なんとなく生きることに苦しさというか、気持ち悪さを感じなくなりました。