【感想/小説】『最後の晩ごはん 小説家と冷やし中華 』は過去との向き合い方、乗り越え方を教えてくれる。

第一巻『最後の晩ごはん ふるさととだし巻き卵』に引き続き、最後の晩ごはんシリーズ第二巻を読みました!

芸能事務所を解雇され料理修行に励む海里、その海里の師匠であり「ばんめし屋」の店長・夏神は、今回どんな幽霊に会い・遭い、その人のどんな願いを叶えるのか…?今回も心温まるハートフルな内容でした。

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【感想/小説】『最後の晩ごはん ふるさととだし巻き卵』は、どん底に落ちたときに生き方を教えてくれた

こんなこと書いてます

簡単なあらすじ

芸能界を追放された五十嵐海里は、実家にもおいてもらえず、定食屋である「ばんめし屋」の店長である夏神留二に雇ってもらい現在料理の修行中である。

そんなある日、かつて芸能界で可愛がっていた後輩・里中李英が現れる…。そして、そのことがきっかけとなり、女性問題が原因で芸能界を追放された海里を求めて、ばんめし屋にはマスコミが押し寄せてくる。海里は、この場面をどう乗り切るのか?そして、どう芸能界と決別するのか…?

そして、ばんめし屋に平穏が訪れたある日、常連客である作家・淡海五朗は、元舞台俳優だった海里に、自分が関わっている朗読会の先生をしてくれないか?と持ちかけてくる。まさか、それが淡海の過去の記憶を遡ることになるとは、淡海も、海里も、そして夏神も知らず…。

果たして淡海にはどんな過去があったのか?そして、今回も海里は幽霊の願いを叶えることができるのか…?

感想

今回は、海里の悩みにフォーカスを当てていたのは、前半だけでそれ以降は淡海先生や夏神の話が中心でした。

第一巻では、海里を心よく引き入れた夏神、なんとなくのほほーんとしている淡海という感じだったんですが、その二人の過去を出すことで、海里を二人が向かい入れた理由がよくわかった話でした。

人は、生きていれば何かしらトラウマや人には話したくないような過去があります。また、濡れ衣を着せられて、その場にいられなくなるなんてことも多々ありますよね。でも、どんな事情があろうと、人はそれに足を取られていては前に進めません。

過去にいじめられていた、リストラされた、受験に落ちた、大切な人が亡くなった、犯罪を犯してしまった。どんなことがあれ、それを引きずっては生きていけません。もちろん忘れることなんてできないですが、それと向き合い、それを乗り越えていかなければ、人は本当の意味で「幸せ」になんて生きていけないんだろうと、今作は考えさせられました。

女優とは何もなかったのに、女性問題として芸能界を追放された海里もそうです。彼には、まったく過失もないですし、悪いこともしていません。ですが、その疑いをかけられ、あらぬ濡れ衣を着せられ、芸能界をほど解雇。そして、そのことに追い打ちをかけるように押し寄せるマスコミに対して、海里は真摯に向き合うんですね。そして、乗り越える。海里の潔さ、かっこよさ、そして、それを後押しした夏神の男気には感服しました。

人はどんなときに強くなれるのか?そして、その強さの根源はなんなのか?よく生きるとは?楽しく生きるとは?そんなちょっと哲学的なことを考えた「最後の晩ごはん 小説家と冷やし中華 」でした。

あとがき

何かをきっかけに、ある料理を食べられるようになったり、食べられなくなったりすることがあります。それは食材の美味しさを知ったり、食わず嫌いだっただけで食べられるようになったりなんてこともありますが、多くの場合「人」が関わっているんですよね。

家族や友だち、恋人、夫婦、同僚など、誰かが好きだから、誰かが薦めてくれたから、誰かが作ってくれたからということが多いです。

誰かをきっかけにして食べられるようになった、食べられなくなった料理って、その人の人生を象徴しているようにも感じます。人生を象徴するものなんてそうそうありません。でも、そういった身近なところに視点を向けると人の人生も案外捨てたもんじゃないなって思えるようになりますよね。

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