【感想/死生観】『死ぬときに人はどうなる 10の質問』近くもあり遠くもある“死”について思うこと

人の数だけ生き方がある一方で、どんな人でも通らなければならないのが“死”である。

“死”は人生の他の経験と違い、経験したが最期。誰かに“死”の経験を伝えることはできない。“死”の間際はどんな感覚になるのか?耳は聞こえるのか?意識はあるのか?“死”を迎えるときの感覚はどんな感じなのか?痛いのか?苦しいのか?安らかなのか?

“死”以外の経験であれば、歴史を学び、先人たちに答えを乞えば良いが、“死”についてはそれができない。

だからなのか、僕は“死”について非常に興味を持っています。

今回読んだ『死ぬときに人はどうなる 10の質問』は、“死”に最も近い仕事に携わる人の一冊。非常に興味深く読ませていただきました。

本の内容

内容はいたってシンプルです。死についての様々な疑問について終末期医療の専門家である著者が答えていくという感じです。

各章のタイトルはこんな感じです。

1 死を語るあなたは何者ですか?
2 死ぬときに人はどうなりますか?
3 人はどんな風に思って死んでいくのでしょうか?
4 人は死期を悟るのでしょうか?
5 健康に気をつかっていれば死ににくいのですか?
6 なぜ死を見つめることが必要なのですか?
7 死後の世界について言い切らないのはなぜですか?
8 孤独死は不幸でしょうか?
9 死とは不幸ですか?死ななければ幸福ですか?
10 死をも左右する力を手に入れた人間は、本当に偉いのでしょうか?

(引用『死ぬときに人はどうなる 10の質問』目次)

どれも死を身近にし、死と向き合った人を見てきた著者だからこその視点で答えられています。

近年遠ざけられつつある“死”とは、実際どういうものなのか?ドラマや映画でしか見ることがなくなった“死”と、実際に身に起こる“死”とはどう違うのか?遠ざけられ、毛嫌いされるようになった“死”について、死を身近に感じているからこそ、感じられることや考えられること。死とどのように向かうことが僕たちにとって大切なのか?そんなことを考えさせられる内容になっています。

感想と考えたこと

この本を通して、僕の死生観が揺らぐこと、変わることはありませんでした。というのも、この本に書かれていることに概ね同意。ないしは、まぁこんなものだろうと思っているからです。

人はいつか死ぬ。これは変わらない事実。どれだけ健康であっても、どれだけ体が丈夫でも、人はいつか死にます。

ただ、他の健康関連の書籍を読んでいると、つい「健康になれば死ぬことはなくなるんじゃないか…」と幻想を抱いてしまうことがあります。その点、この本では一貫して、「人は死ぬ。確実に」というニュアンスから外れない。この点は誇るべき点であり、納得できる点でもあります。

何が原因かはわかりませんが、僕の物心つくころから(1990年代前後)、僕たちの身の回りから死は遠ざかりつつあります。それまでは、自宅で息を引き取る人が多かったと思います。どんな病気であれ、最後は自宅。でも、徐々に家ではなく、病院で最期を迎える人が多くなりました。

死が日常から遠ざけられたことで、僕たちは死をタブー視し、健康になることが目的化しているように感じます。もちろん健康である方が、そうでない場合より良いことは明白ですが、だからといって健康な人が死なないわけではありません。

死を遠ざけられた世代、社会の中で生きる僕たちにとって、死は怖いことだという認識が強いです。死は怖く、辛く、苦しいものだと。医療技術が高度化し、病気を見つけやすく、早期発見早期治療が可能になることはたしかに喜ばしいことです。でも、どれだけ医療が高度になっても人はいつか死ぬ。

健康になって長生きすることや医療によって延命することを是とする文化もいいですが、死との向き合い方を今一度考えて、生きるものの運命として死を受け入れる文化をもう一度作るべきなんじゃないかと思いました。

人間は基本的に楽観主義

この本の中で、衝撃を受けた箇所が一点だけあったので、ちょっとピックアップしてみたいと思います。

病院にいるとつくづく人間は「楽観的」だなと思う。

(略)

人間という生き物は時として凄まじい生命力を見せる半面、あっけないくらい簡単に死してしまう生き物でもある。
例えば、通勤・通学の僅かな時間に絶対に何もないとはとても言い切れない。
酔っぱらい運転の車が突っ込んでくるかもしれない、突然致死的不整脈を起こして昏倒するかもしれない、人ごみの中で狂った人間に襲われるかもしれない、結果として命を落とすこともあり得るのである。
事実、毎日理由は様々あれど、そのように何人かが命を落としている。今日、無事に生きて帰ってくる保証はどこにもないのにである。
とはいえ、病的な心配性の人もいるだろうが、大多数の人間は大なり小なり不安を感じつつも、死を意識せずに生きている。

(略)

生と隣り合わせの死を恐れるのならば、皆家に引きこもってしまうだろう。だが、そのように死を恐れても外出も控えて家でじっとしている人間はあまりいないと思われる。
だから皆、普通に生活をしている。すぐそばに死があるにも関わらず、である。

(引用『死ぬときに人はどうなる 10の質問』146-147頁)

これには衝撃を受けました。

というのも、「まさにその通りだ!」と納得させられたからですね。僕たちは少なからず「明日がある」と思って生活をしていますよね。これってまさに死に対しての楽観主義に違いないんですよ。

戦争やテロ、殺戮が日常茶飯事の時代や地域では、「明日がある」という考えよりも、「今生きたい」「死にたくない」という気持ちの方が強いと思います。

もしかしたら、家を一歩出て車にひかれる可能性だってなくはない中で、僕たちは数秒後、数分後、数時間後、数日後がさも当然存在するように生きている。これって楽観的以外の何ものでもないですよね。

そんな楽観的な考えもあっていいんですが、これとは対照的に「もしかしたら明日は生きていないかも…」という危機感までいかなくても危機意識はあっても良いんじゃないかと思います。そうすれば、「明日がある」と思ってるからこその適当な日常はなくなり、日々を充実させたいと思うはずです。

多少の緊張感を持って毎日を過ごすのはストレスですが、「今日死んでも後悔はない」くらいの気持ちで生きていれば、きっと楽しい毎日になると思います。僕も今一度その辺の気持ちを持たないといけないなぁと改めて思います。

あとがき

人はどう足掻こうが死ぬ。これは変わらない。延命治療をしようと、どれだけ健康だろうと。

長生きが美徳とされる?とされはじめている?としたい?現代は、死をダブー化しているのは事実で、でも、逃れられない死と向き合わない限り、人は死を目の前にしてきっと辛くなる。と僕は思います。

もちろん死と向き合い、死を受け入れても、死ぬ辛さから逃れられるわけではありません。でも、向き合わず、受け入れられない人よりは、幾分か楽な気持ちになるんじゃないかと思います。

死を恐れて止まない現代の人にはぜひとも読んで欲しい一冊です。